Copyright2006 Taka Yamaguchi All rights reserved

みなさまへ
このたび、社民党から立候補要請を受け、政治活動に挑戦する決断をいたしました。その決意に至った経過をご理解いただけましたら本当にうれしく思います。
私は、1950年札幌市に生まれ、父の転勤で小学校2年生からは東京で育ちました。カトリックの中高生活で、私はシスターたちから平和や思想信教の自由など多くを学びました。その影響でしょうか、「ベトナムに平和を!市民連合」(高校生べ平連)に参加したり、大学では、復帰前の沖縄出身の同級生がパスポートがないと日本本土に入れない現状をみて、反安保条約や反基地の活動に関わりました。
その後、結婚し、生まれた子どもがアトピー性皮膚炎であったことや夫の病気から、食の安全性に関心を持ち、生活クラブ生活協同組合の設立に参加しました。チェルノブイリ原発事故後に取り組まれた「泊原発の可否を問う住民投票条例の制定を求める直接請求運動」では、全道で103万筆という、大変な数の署名があつまりながら、道議会は2票差で、私たちの請求を否決しました。この行動を通じ、政策決定の場に生活者市民の声が反映されていないことを痛感しました。91年札幌市議選にはじめて挑戦し、市議会議員を三期勤めました。その間、政治の主役は市民であるにもかかわらず、自治体の運営が憲法に謳われた「地方自治の本旨」にそって行われているか疑問に思う場面に多々遭遇してきました。そのため3年前には、当選はできませんでしたが、市民自治の重要性を訴え、札幌市長選に挑戦したしだいです。